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早島町の概要

早島町の概要を紹介します。

早島町航空写真

高福祉のオアシス都市・早島

江戸時代、早島は「干拓のまち」「い草のまち」「旗本の陣屋まち」「金毘羅往来のまち」として栄え、明治を迎えます。明治22年、早島村と前潟村、矢尾村が合併し早島村となった後、明治29年に町制を施行し、平成18年には町制施行110年を迎えました。
町の東西を国道2号が南北を瀬戸中央自動車道が貫き、町の北部には岡山県総合流通センターが立地する早島。早島は今、人・物・情報のクロスポイントとして大きく発展しようとしています。
また、早島町は平成17年に「まちづくり憲章」を定め、町民総参加によるまちづくりの第一歩を踏み出しました。町民一人ひとりの顔が見え、町民一人ひとりが福祉を支える「高福祉社会のオアシス都市」、これが私たちのめざす町の姿です。
そして、町に暮らすだれもが、いつまでも安心感のいだけるまち、それが私たちのまち、早島です。

早島町は、岡山市と倉敷市の間に位置し、県内市町村の中で最も面積が小さい町です。

岡山県地図イラスト
早島町の概要
場所 東経133度49分50秒、北緯34度36分3秒
面積 7.62平方キロ(岡山県最小)
人口 12,159人(2015年10月1日 国勢調査速報)
人口密度 1,606.3人(岡山県最高)
世帯 4,347世帯(2015年10月1日 国勢調査速報)
歴史 まちの歴史のキーワード『干拓・い草・旗本・金比羅往来』

 

関連リンク

早島町の詳しい統計データは下記からご覧ください。

統計データ

早島の歴史を知る

児島湾干拓絵図

干拓のまち、早島

早島はその名が示すように、かつては瀬戸内の海に浮かぶ島の一つでした。

 

過去のい草栽培写真

い草のまち、早島

短いい草を中ほどで継いだ中継表は、「早島表」の名で全国に知られました。

 

甲冑写真

旗本のまち、早島

江戸時代、二百数十年にわたり早島を治めた旗本戸川家の陣屋のまち。

町屋(いかしの舎)写真

金毘羅往来のまち、早島

江戸時代、四国金比羅を目指す参詣者の通り路として賑わいました。

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