早島町は、その昔、吉備の穴海と呼ばれる海に浮かぶ、ひとつの島でした。その海も時とともに干潟化が進み、戦国時代には早島を起点に最初の潮止め堤防「宇喜多堤」が築かれました。これを始まりに児島湾の干拓は約400年にわたり続けられ、新たに開かれた大地に早島ではイ草を植え、畳表を織り、イ草と畳表の町として発展していきました。
江戸時代、早島は旗本戸川家の陣屋が置かれ、明治維新まで戸川家の治める所となりました。また、江戸時代の中ごろからは、金比羅往来のまちとして多くの旅人でにぎわい、往来の沿線には商家が軒を連ね、豊かな文化を育みました。
そして今、早島町は、まちの東西を国道2号が貫き、瀬戸中央自動車道の早島インターチェンジや岡山県総合流通センターをはじめとする物流基地が作られ、大型物流企業が次々に進出するなど、中国・四国地方の交通、物流の要衝の地として今も発展し続けています。
早島町では、こうしたまちの歴史や恵まれた立地条件を活かし、新たなまちづくりに取り組んでいるところです。町ホームページでは、まちの観光資源や歴史資産、まちの施策など「早島の魅力」を動画や写真を用いて、より分かりやすく皆様にお伝えしてまいります。
早島町ホームページが「早島の魅力」を知り、早島のまちづくりの情報共有ツールとして、存分にご活用いただければ幸いです。
平成23年9月
早島町長 ![]()





