早島町の概要
早島町の概要を紹介します。
高福祉のオアシス都市・早島
江戸時代、早島は「干拓のまち」「い草のまち」「旗本の陣屋まち」「金毘羅往来のまち」として栄え、明治を迎えます。明治22年、早島村と前潟村、矢尾村が合併し早島村となった後、明治29年に町制を施行し、平成28年には町制施行120年を迎えました。
町の東西を国道2号が南北を瀬戸中央自動車道が貫き、町の北部には岡山県総合流通センターが立地する早島。早島は今、人・物・情報のクロスポイントとして大きく発展しようとしています。
また、早島町は平成17年に「まちづくり憲章」を定め、町民総参加によるまちづくりの第一歩を踏み出しました。町民一人ひとりの顔が見え、町民一人ひとりが福祉を支える「高福祉社会のオアシス都市」、これが私たちのめざす町の姿です。
そして、町に暮らすだれもが、いつまでも安心感のいだけるまち、それが私たちのまち、早島です。
早島町は、岡山市と倉敷市の間に位置し、県内市町村の中で最も面積が小さい町です。
項目 | 内容 |
---|---|
場所 | 東経133度49分50秒、北緯34度36分3秒 |
面積 | 7.62平方キロ(岡山県最小) |
人口 | 人口はこちら |
世帯 | 世帯数はこちら |
歴史 | まちの歴史のキーワード『干拓・い草・旗本・金比羅往来』 |
関連リンク
早島町の詳しい統計データは下記からご覧ください。
早島の歴史を知る
この記事に関するお問い合わせ先
- みなさまのご意見をお聞かせください
-
更新日:2023年09月25日